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サイモンフジワラ ホワイト・デー


サイモンフジワラって全然知らない人だったんだけど、
なんとなく興味が引かれて行ってみた。

詳細はこちら。
サイモンフジワラ個展@東京オペラシティ

いいよね、大好きだよあたりまえを疑うって。だいすき。
ありがとうの反対語はあたりまえだからね。(有難し→めったにない、だからね)

作品を見るだけで感じとれるようなアートではなく、
ストーリーを知って考えさせられる、まさに現代アートって感じ。
私は個人的に、見て感じとれる作品が好きだけど
ビジュアルとしてはインパクトあるし、興味もそそられるし、
そうやって関心が向けられれば十分だよね。

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美術ってなんなのかっていう話題、本当に何度も出てくるし色んな解釈があるけど、
私にとっては迷わず『表現』でしかないのよ、なんでそれ以外の解釈があるのか未だに謎。

作者自身が何か伝えたいことがあるから、
その表現方法としてアートってあるよね、本も映画も全部そうだけど。
何かのためとかそういうのじゃなくて、
本人が意図してるかどうかは関係なく、

何かを表出したいっていうことの現れだよね。

だからそこから、作者の伝えたかったことが伝われば、その表出は意図通りのものになったということ。伝わらなければそうじゃなかったということ。でも伝わる伝わらないも、決して必須ではないということ。
作者の意図と違うことを感じとれる場合もあるし、それは受け手と発信者の相互作用によって想像や期待を超える(またはズレる)結果であって別に問題ない、むしろ好ましくて愛らしい。
だから美術の可能性は無限大で、広がりがある分楽しいんだ。時代を超えて、人を魅了するんだ。
でも本質としては『何か伝えたいものがあって』(意図しているかどうかは別。無意識のうちに伝えたいものがある場合もある)、作品というものは生まれる。逆に言えば、伝えたいものがない人に、アートはつくれない。(そもそも「アート」を「つくる」って違和感のある言葉だね。アートになる、かな?)

ここで思い出すのは川上未映子説だけど、
川上さんは、自分には普通の人ができることができなくて
「文を書くという方法以外に道がなかった」って言ってて
それは多分本人からしたら良いも悪いもありながらも苦しい面があって
周りの人から文字が書ける才能をうんぬん言われたところで
自分には普通の働き方ができなかったから仕方なく残された道、という認識に、
私はとても納得できたのであった。
むしろ普通の仕事をしている人があんなおもろい文章書けたら、その人は持ちすぎや。
人はそれぞれ色んなものを平等に持っていると思うから、あんだけ炸裂的な文才をお持ちの方は、そこに注力するようにエネルギー配分を上手く神様によって割り振られているのだろう、と勝手に解釈したのです。

ゆえ、アートであろうがなかろうが、それぞれがそれぞれの表現方法を持ってるってことです。子育てで表現する人もいれば絵描きで表現する人もいる、それだけのことにゃん。

by 432marie | 2016-05-14 03:44 | おでかけ

文字シュツルマイザーのまりえちゃんです。過去ごはんブログhttps://ameblo.jp/zurighn


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